ビジネス・ルールの変化

クリス・アンダーソンは、「希少経済」から「潤沢経済」への移行によって、ビジネスのルール自体が変化していると説明している。

例えば、「希少経済」では、ビジネスを行う主体(企業)が資源を管理しているので、世の中で何が求められているのか、何が最も優れているのかについては自分(企業)が最もよく理解しているというトップダウン的な立場をとる。どんな品物が売れ筋で店舗の商品棚に何を陳列すべきかは、自分が判断するという訳である。逆に言えば、自分達が認めた商品以外は陳列することがないという、「許可がない限り原則禁止」が基本姿勢だ。自分がよく分かっているという立場なので、ビジネスの進め方はトップダウンで指示する命令型である。従って、ビジネスの立ち上げ時には、他人の意見を取り入れたりせずに、自分達の内部だけで綿密にビジネスプランを精査し、ROI(投資利益率)がどの程度見込まれるのか十分に検討を重ねる。当然、製品をリリースするまでに時間がかかることになる。

これは、国を問わず、大企業の伝統的なビジネススタイルと言ってもいいだろう。企業だけではなく、政府に当てはめることもできる。IT環境が潤沢な社会に移行しているのにも気づかず、ユーザーの貴重な声を取り入れる必要性も感じないままにビジネスを進めるために、結局は行き詰まってしまう。

しかし、「潤沢経済」時代のいわゆるWeb2.0的な企業は異なるアプローチをとる。「潤沢経済」下でのビジネスは、自分(企業)ではなく、あなた(You)が最もよいものを知っているというボトムアップの立場をとる。米タイム(Time)誌が、2006年の時の人(Person of the Year)を「あなた(You)」とした話題は記憶に新しい。

ここで言うあなた(You)とは、一つにはユーザーを指す。前回述べたディグ(Digg)はその典型である。何が面白い記事なのかは、編集者が決めるのではなく、読者が投票によって選ぶ。その読者の投票の集計により、新しいディグというメディアが生まれている。私の解釈では、もう一つのあなた(You)の意味としては、他のサービスを提供する企業を指す場合もあると言えるだろう。マッシュアップ(Mashup)がその典型だ。マッシュアップとは、異なる企業が提供するウェブ上の複数のサービスを、公開されているAPI(アプリケーション・プログラム・インターフェイス)を利用して組み合わせて、新たなサービスを生み出すことだ。例えば、グーグルが提供するグーグルマップと、クラシファイド(広告)・サイトのクレイグスリスト(Craigslist)内の不動産情報をマッシュアップして、地図上に不動産の写真や価格を表示するハウジングマップス(HousingMaps)がその典型例である。このようないわゆるWeb2.0系企業は、自分で全ての情報を集めるということはない。「潤沢経済」下のビジネスは、ユーザーや他の企業などに依存する他人任せのビジネスなので、自分が全てをコントロールすることは放棄する。管理不能のビジネスである。

また、「希少経済」下のビジネスと異なり、潤沢なIT環境があるので、そのリッチなITインフラを使って何を行なうかは「禁止されない限り原則自由」という立場をとる。ユーチューブでどんな映像を流そうが、セカンドライフ(Second Life)でどんなコンテンツを作ろうが、著作権侵害などの犯罪を起こさない限りは自由という訳である。

また、「潤沢経済」下でのビジネスは、ビジネスモデルやROIの検討にそれほど時間をかけず、とりあえず製品をリリースしてみて、そのうちベストなビジネスモデルは分かるだろうという基本姿勢をとるといういわゆるベータ(β)版的なアプローチをとる。ベータ版とは、正式な製品をローンチする前に実験的に製品をリリースするもので、アーリーアダプターと呼ばれる新しもの好きなユーザーからコメントをもらい、製品の改良やデバッグを行うという手法である。いずれ正式な製品(バージョン1.0)が発表されるかと思いきや、永久にベータ版という手法をとる企業も多い。米国で誕生するウェブ系サービスのほとんどは今やベータ版であると言ってもよい。例えば、グーグルはその多くの製品をベータ版的にグーグル・ラボ (Google Labs)で公開している。また、最近では、ベータ版より手前の研究開発段階にあるアルファ(α)版をリリースしてしまう企業も増えている。アカウント発行数が限定されているベータ版やアルファ版のサービスのアカウントを入手するためのマーケットプレイス(InviteShare)も登場している。

クリス・アンダーソンの言っているビジネス・ルールの変化のキーワードをまとめると次のようになる。

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